8. 付録:無線通信環境に関する諸注意

3DS の無線通信で用いられている 2.4 GHz 帯の無線周波数帯域は、Wi-Fi 機器をはじめとするさまざまな無線機器によって利用され、非常に混雑した無線周波数帯域になりつつあります。また、無線環境の悪化によって、時おり 3DS の無線通信が不安定になることは技術的に回避できない問題です。このため、「ほかの機器からの影響のないクリアな無線環境を用意し、無線通信を使った機能の開発を効率的に行いたい」という要望があっても、無線の特性により、完全にクリアな無線環境を作ることは容易ではありません。また、無線環境に対する理解不足により、実はクリアでない環境をクリアであると誤解し、通信に不具合が発生した際の問題の切り分けに多くの時間を費やしてしまうケースも発生しています。

この章では、無線環境に関する理解を深めていただくため、無線機器同士の干渉にまつわる情報をいくつか説明します。また、それを踏まえて、できうる限り、ほかの機器からの影響を受けない無線通信環境を用意する方法を説明します。

8.1. 無線通信環境を用意する際に注意すべきこと

ここでは、無線機器同士の干渉をなるべく発生させないようにするために知っておくべきこと、良好な無線環境が構築できているかを確認する際に注意すべきことを説明します。

8.1.1. ほかの Wi-Fi 機器のチャンネル設定

3DS の無線通信で使用する、2.4 GHz 帯の周波数チャンネルの割り当ての例を図 8-1 に示します。図のように、3DS の無線通信や一般的な Wi-Fi 通信は、ひとつのチャンネルとして割り当てられた帯域幅よりも広い帯域幅を使用します。よって、設定されたチャンネルが近い機器間では、両機器の通信が影響(干渉)し合うことになります。そのため、機器間で互いに影響しないようにする場合は、各機器のチャンネルを 5 つ以上離すことが推奨されています。

図 8-1. 2.4 GHz 帯のチャンネル割り当て

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 2412 2437 2462 チャンネル 周波数[MHz] 使用帯域幅(22MHz) 5MHz

※ 使用できるチャンネル数は国によって異なります。

しかし、チャンネルを 5 つ以上離したとしても、互いの通信への影響が完全になくなるわけではありません。たとえば、チャンネル 1 とチャンネル 13 を使用した通信を行う機器同士であっても、機器同士の距離が非常に近ければ、互いの通信に影響を及ぼすことがあります。そのため、機器同士で影響を与えないようにするには、それぞれに 5 つ以上離れたチャンネルを設定し、かつ機器同士の間に十分な距離(少なくとも 2 m 以上)を保つ必要があります。

補足:

機器の送信出力や利得、受信感度、電波伝搬の環境によって必要な距離は異なります。

8.1.2. Wi-Fi 機器以外の機器の影響

2.4 GHz 帯の周波数帯域は、3DS の無線通信や一般的な Wi-Fi 通信のような IEEE802.11 による通信のほかにも、さまざまな通信方式や電子機器で使用されることが許された周波数帯域です。代表的なものとしては、電子レンジ、コードレス電話、Bluetooth 機器(PC やスマートフォンの周辺機器等)などがあげられます。IEEE802.11 には、これらと効率的に共存する機能はありませんので、これらの信号の影響を受けることで通信が不安定になることがあります。

クリアな無線環境を得るためには、これらの機器は停止する必要があります。特に最近では、スマートフォンに Bluetooth が標準的に搭載されていますので、試験環境へスマートフォンを持ち込む際には注意が必要です。

8.1.3. パケットキャプチャ使用時の注意

AirPcap(Riverbed Technology 社製の無線 LAN プロトコルアナライザ)などに代表される市販のパケットキャプチャツールを使用することで、無線パケットをキャプチャすることができます。通信試験を円滑に行うために、このようなパケットキャプチャツールを導入している開発者の方もいらっしゃると思いますが、パケットキャプチャツールを使用しても無線環境の良し悪しは判断できないという点に注意いただく必要があります。つまり、キャプチャされる無線パケットの数が少ない、いわゆる空いている状況であっても通信が不安定になることがありうるということです。

パケットキャプチャツールでは、IEEE802.11 とは異なる通信方式の無線パケットはキャプチャされません。また、IEEE802.11 の無線パケットであっても、受信電力が弱いなどが原因で大部分を正しく復号できなかったものはキャプチャされません。キャプチャされない無線パケットであっても物理層や MAC 層のような無線通信の低層の処理においては影響が発生しますので、そのような無線パケットによって通信が不安定になることがあります。

補足:

受信電力が弱いと MAC 層のプロトコルが正しく動作しないことがあり、キャプチャ可能な無線パケットよりも、キャプチャされない無線パケットが深刻な影響を通信に及ぼす場合もあります。

8.2. ほかの機器からの影響を受けない無線通信環境を用意する方法

2.4 GHz 帯を使用する無線通信機器の普及が著しい現状を考慮すると、高機能な電波暗箱や電波暗室を使用する以外に、確実にクリアな無線環境を得ることは難しいと言えます。ただ、完全にクリアとは言えないまでも、周辺装置のチャネル設定や機器間の距離に注意し、市販の電波シールドや同軸ケーブルを使用することで比較的クリアな無線環境を実現することは可能です。

補足:

ここで紹介する方法で用意した無線環境であっても、ほかの無線機器からの影響が完全にはなくならないという認識を持って開発や試験を運用してください。無線環境を原因とする事象が発生しうることを認識することは、不要な混乱を回避し、作業を効率的にする上で重要になります。

8.2.1. 電波シールドの使用

クリアな無線環境を得るために、電波を遮蔽するシールドを使用するという方法があります。簡易的な袋状のもの、箱状のもの、テント状のものなど、大小さまざまなシールド製品が市販されています。これらは外部からの干渉電波をある程度遮蔽できますので、通信が安定する効果が期待されます。しかし、市販のシールド製品の多くは、完全に外部からの影響を遮断できるほど十分な遮蔽性能を持たないという点に注意していただく必要があります。

あくまで目安ですが、シールド製品の遮蔽性能(減衰性能)が 40 dB 以下であれば、少なくとも同じ部屋の中にある無線機器からの影響は排除できないと考えていただく必要があります。クリアな通信環境を得るためには、60 dB 以上の減衰性能を持ったシールドを用い、シールドのすぐ近くには無線装置を置かないようにする必要があります。

補足:

減衰した無線パケットによる悪影響を、シールドが助長することもありますので注意が必要です。

図 8-2. 各種電波シールド

8.2.2. 同軸ケーブルの使用

デバッガでは、無線アンテナの代わりに同軸ケーブルによって装置同士を結合し、同軸ケーブルを介した通信を行わせることもできます。電波シールドと同様に、ほかの無線通信の影響を抑制する効果が期待されます。ただし、ケーブルを介してやり取りされる信号は、無線通信の信号と同一のため、これも外部からの影響を完全になくすことができるものではありません。数メートル以内の無線装置からは影響を受けるという前提で使用していただく必要があります。